4.ナツメ




身を低くした彼は、用心深く左右を覗うと、するりと忍び込んだ。祥太郎を抱えたままの手は、いつの間にか祥太郎の口元を押さえていて、声が漏れるのを防いでいる。
講堂に集まった新一年生たちは、無秩序に並んでいた。クラス編成もまだなのだ。前列が大きく開いてしまうのは仕方ないだろう。おかげで彼と祥太郎の二人も、さほど目立つことなく潜り込むことができた。
もっともその頃には祥太郎は、今の自分の立場を楽しめる気分になっていた。
今の在学生たちの間では、祥太郎の存在はすっかり知れ渡っている。こんなふうに同等の立場として生徒に扱ってもらえるのは、今をおいて他にないはずだった。

祥太郎を抱えた彼は、キョロキョロと辺りを見回すと、すいすいと新一年生たちの間に入り込んでいく。まるで水面を泳ぐ水鳥みたいだ。祥太郎は相変わらず引きずられるようにしたまま、半ば感心して彼の行動を見守っていた。

「あれ、ナツメ、おっせーじゃん。」
「何だよ、その頭、バッカじゃねー。」
「るせーな。俺はこれがしたくてここに入ったんだから、ほっとけよ。」

どうやら、彼の友人たちがいる一角に来たようだ。祥太郎はやっと解放してもらえた首をちょっと回して彼らを見上げた。いずれも、まだ顔に幼さの残った少年たちだ。これが僕の生徒たち…と、感慨にふけっていると、一人とばっちり目が合った。

「ん? これ誰? かわいーの連れてんじゃん。」
「いいだろ! そこで拾ったんだ。これは俺のだからな! 手ぇ出すなよ!」

どうやら彼…ナツメの中では、祥太郎はすっかりナツメの所有物にされてしまったらしい。再びきゅっと抱きしめられて、祥太郎は目を白黒させた。

壇上には白雪が上っている。ちょうど挨拶が終わったところらしく、緊張しきっていた顔がふわりと緩むと同時に、真っ白だった頬に赤みが差した。色白で、輝く黒髪の白雪がそうすると、彼の整った顔立ちが目立った。
舞台の裾では隼人が鋭い視線を新一年生たちに向けている。白雪と交互に見るから、彼が新1年生まで威嚇しているのが手に取るように分かった。隼人は戻ってきた白雪の背中を軽く抱くと、交代で壇上に上がった。

「さっきの小さい方が生徒会長? きれいだな〜!」
「ナツメ、お前のタイプじゃね?」
「うーん、だけど年上じゃな〜。この子みたいにロリっぽいのが好きなんだ、俺ぁ。」

祥太郎は思わず脱力しそうになる。若く見られるのには慣れているが、10も年下の子にロリっぽいと言われてしまうなんて…誰かが化け物じみていると言っていたが、本当にそうかもしれない。

「あのう…僕はさあ…。」
「ナツメ!」

一応誤解を解いて置こうと話しかけた所に、少し離れた席からナツメに向かって声が掛けられた。祥太郎がそちらを向くと、振り返っていた少年がハッと息を飲んだ。

「あ…うるせー奴に見つかっちゃった。」

ナツメは少し顔をしかめると、改めて祥太郎の肩を抱き寄せた。それがいかにもその、振り向いた少年に見せ付けるようで、祥太郎は思わずナツメを見上げた。

「僕が迎えに行った時には、もう出た後だって…。」
「だっていつまでもおまえと、仲良しごっこしてられねーじゃん?」

ますます肩を抱く手に力がこもる。祥太郎は自分をじっと見つめる少年を見た。





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